城下町出石で昔ながらの味わいをおもてなし

昭和41年、先代の川原庄太郎が創業、祖父でもある庄太郎は農業を営みながら蕎麦好きがこうじ、自らそばを打って食していました。当時二軒あった蕎麦屋が冬期の新そばの季節のみの営業でしたが、「年間食せる蕎麦屋を」と開業いたしました。

■材料
純国産のそば粉を吟味して使用します
■水まわし
粉全体に水分を均等に与える。そのため素早く小刻みな動きで水をまわす。
■ねり込み
全身の力を込めて固めに仕上げ、鏡玉のようになれば出来上がり。
■丸だし
綿棒を使って生地を打つ時に正円になりやすいように生地を押して円形にする。
■延ばし
長い麺棒を使って生地を均等に円形に延ばす。
■たたみ
麺棒いっぱいに延ばした生地を、そば切り包丁の幅より少し 狭めてたたむ。
■切り
手ごま、またはコマ板を使用し、そば面に直角に入るように切っていく。

  昔、そばは貧しい農民の最期の糧として伝えられてきました。そばに由来する民話は全国に数多く、そのほとんどが農民の生活に深くかかわりあい、喜怒哀楽がそばを通して表されています
「そば75日」といって、わずかの期間で収穫できる作物であり、どんな荒れ地にも厳しい気候にも育ち、飢餓の時の代用食として常に農民を支えてきました。

そばの茎の色が赤いのは血の色にたとえられ三角の実は哀しみの涙にたとえられてきました。
そして夏の夜の幻想的なその小さな白い花は多くの悲しい逸話を残しながらも、ささやかな喜びを実らせてきました。現在に伝わるそばの名所は、信州・盛岡・出雲とすべて山間の貧しい地にあり、その地の生活と深くかかわりながら伝えられてきました。
「出石そば」もその例外でなく、それを支えた出石の水も、そばをおいしくした要因といえるでしょう。出石の里の恵まれた水と、そば粉によってこそ生まれる。淡白素朴で風雅な味は他に求められない絶品です。